ロンドンでの生活は、昨日のことのようには思い出せなくても、
先月の事くらいには思い出せる強烈な体験の連続でした
長年書こうと思ってなかなかチャンスがなかったロンドンコブラー時代の記憶
画家シリーズで続いたので今こそ書いてみようと思います
ある日のロンドンの午後
紳士な初老の男性がコブラーショップに訪れました
素晴らしく美しいウルトラマリンブルーの新品シューズをカウンターに置いて、
*ウルトラマリンは17世紀では黄金以上の価値があったという貴重な青
紳士な画家「 このシューズを、ファッOOンしてほしい 」
ボス 「 は??? 」
その際コブラーはダウンステアーズ(階下にある工房)にいたそうです
たまたま仕事が仕上がったのでそのシューズを手に持ち、カウンターへ
紳士な画家 「 君の作品を見せてくれないかな? 」
コブラー 「 ええ、どうぞ 」
紳士な画家 「 完璧だ!だが、ダメだ、君の作品は美しすぎる 」
コブラー 「 えっ??? 」
GPジイさん(生き字引)が、仕上げたシューズを持って上がってきました
*工房はダウンステアーズ(階下)にある
紳士な画家 「 君の作品を見せてくれないか? 」
ジイさん 「 あ? (こういう物言いな人です) 」
紳士な画家 「 なんてBloody な仕上がりだ!(ひどいという事)!最高だ!君なら僕のスーパービューティフルなシューズをめちゃくちゃにしてくれるはずだ!お願いするよ!」
一同 「 は??? 」
画家の希望は、自分の個展にめちゃくちゃに破壊されていながらも芸術的なシューズを履きたい、とのこと
自分にはめちゃくちゃに(いい加減に)するセンスはないかもしれない
いい加減な人に任せたい、と
コブラーにとっては、選ばれなくて光栄でした(笑)
紳士な画家 「 これから毎週通うから成果を少しずつ見せてくれ 」
ジイさん 「 OK,OK(投げやり) 」
という事で、ジイさんが選ばれました
ブツブツ言いながら、どうにか汚くしている様子
次の週来店した紳士な画家
今回は、石膏を持参です
紳士な画家 「 ダメだ、もっとだ!石膏も使って固めてなおかつ列車に轢かれたような、激しいPUNK感のようなそんなパッションも盛り込んでくれ! その上で、芸術性は決して忘れないでくれ!」
ジイさん 「 OK,OK(決心がもっと固まった感じ) 」
新品のシューズなので、いくらジイさんといえども躊躇がもちろんあります(多分)
ジイさん 「 おい、お前PUNK好きだろ 」
コブラー 「 うん 」
ジイさん 「 俺にPUNK魂を吹き込んでくれ 」
コブラー PUNK魂を吹き込む
ジイさん 「 よし!これならどうだ! 」
そして、ジイさんは石膏や塗料やもうなんだかわからないものも塗りたくり始めました
固まっては投げつけたり、叩いたり、PUNKのGIG状態になっていくジイさん
そしてまた次の週
紳士な画家 「 ダメだ、まだ足りない!もっとベチャッとだ!もっとやってくれたまえ! 」
ジイさん 「 …………… (怒) 」
ジイさんは階下に戻ってくるなり、新品のレザーソールを木型に入れて、ソールをナイフで引き裂き始めました
ジイさん 「 よく見ておくんだ!(お得意の生き字引講釈)昔はこうやってなじまないソールに切り込みを入れてなじみやすくしたもんさ(いま生きていたら100歳くらいになるのかな) 」
*今でもレザーソールに薄く切れ込みが入ったソールがありますよね。これもレザーソールの返りをよくするためです
裂け目も利用しながら、アッパーも曲げて曲げて、”ベチャッと”なるまで叩きつけ、もう一心不乱なジイさん
なんだかんだその頃ジイさんにはPUNKな魂もアーティストとしての魂も乗り移ったようでした
そのまたまた次の週
紳士な画家 「 最低で最高だ!! 」
喜んでいいのかもうわからなくなっているジイさん
ジイさんが仕上げただけあって、破壊で破戒がプリミティブな仕上がりに
コブラー曰く、
「 破壊されたミケランジェロのような 」
色々なカスタマーの中でもかなり印象に残っているオーダーです
当時スマホがあったらなぁ、と思うシーンがたくさんありますが、
写真には残らないからこそ、強烈に覚えていられるのかもしれません
コブラーショップの上のフラットに住んでいて、私も出入りをよくしていたので、コブラーから聞いている噂のカスタマー達と遭遇したことも
かなり紳士でおしゃれな方でしたが、そこに潜む燃える芸術感がすごかったです